先日、友人の中沢レイちゃんが主宰するイヴェントに参加するために三重県は亀山市に
向かう。一番の目的はMeg に会うために。

Meg Stuartは何年も前にSuzanne Linkeのプロシリーズに参加したInternational Dance Festival
in Vienna で二つの作品を観ていた。
その頃は繰り返しの技法をよく使って痛々しい作品を発表しており、とても好きな振付家
だった。Megの世界観をよく理解していたのだろうなと思わせる女性ダンサーがいて、彼女
もとても魅力的だった。

2005ぐらいだったと思うが、アヴィニヨンで彼女の作品をまた観る機会があり
劇場へ向かった。今まで観てきた作品とは打って変わり、舞台上は砂漠のようで
上手前にカプセルが設置されていた。
Megともう一人の男性がカプセル内で何か作業をしながら話しているのだけど、
電波が届いたり届かなかったり、という感じでこちらに話が聞こえたり
聞こえなかったりもどかしい。

そんな風景が延々と続き、私も桂子も(大体のお客さんは皆)客席上で
いつ動くんだろう?といったストレスを抱えながらもぞもぞと体を動かしていた。
そしてついに最後に男性が裸で飛び出してきて、やっと出てきた!と思ったやいなや
砂漠の丘の上に駆け上がり、あああ!!!っと声を出したか
(それとも私がそう思ったのか定かじゃないけど)そんな感じで終わってしまった。

客席は総立ちで拍手喝采、私と桂子は狐につままれたような気持ちで????という状態のまま
外へ出た。
外は真夏のかんかん照りの太陽で暑く、目の前にはずっと続くひまわりの花畑。

なんだか置いて行かれたような気持ちと、アカデミックすぎる内容が好まれるのだろうか?
とかなんとか話しながらわかんなかったなあ、なんて話しつつ、あの物言わぬ騒々しいひまわり
の花畑の道をかんかん照りの中ひたすら歩いていた。

2011,3/11,東日本大震災があり,家具や扉を抑えながらTV中継で見続けて逃げて逃げて!
なんて叫んでいた津波の画像。
明日も平和だなんてことがないんだということが身をもってわかったあの日。
戦争が起きたらこんな感じなのかもと思った映像、そして福島の原発事故。

その瞬間、パッと思い出したのがそのMeg Stuartの作品。そして瞬時に理解した。

チェルノブイリの事故があったからこそのヨーロッパの反応だったっていうこと。

ゾッとしたし、ゾワッともした。怖かったし、アートの力の凄さに感動もした。

心に引っ掻き傷を作ったあの作品を作った作家に会って、そのことを伝えたかった。

変な英語できちんと伝わったかどうかは謎だけれど、話すことができて、そして実際に
彼女の今の踊りを、本当に近いところで観て、一緒の空間でみんなで踊って、そんな
貴重な機会を与えてくれた中沢レイちゃん,来てくれたMeg Stuart,そしてYoshiko Chuma,
陰で支えている沢山のスタッフやミュージシャンや出会った人々、に、大感謝です。


関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://dance86b210.blog21.fc2.com/tb.php/559-8873f634